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東京地方裁判所 平成元年(行ウ)179号 判決

原告

大森伸二

外四九名

右訴訟代理人弁護士

内田雅敏

的場徹

被告

北区

右代表者区長

北本正雄

右指定代理人

内山忠明

岩田実

山崎幹雄

高野登次郎

小寺武夫

伊豆孝

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告は原告らに対し、別表「合計額」欄(略)記載の各金員及び右各金員のうち、別表「四月分賃金額」欄記載の各金員に対する平成元年五月一六日以降、「五月分賃金額」欄記載の各金員に対する同年六月一六日以降、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、公立学校の警備職員が警備業務機械化の流れの中で、休日勤務が廃止されたのに対し、強行就労するとともに右期間の就労に対する賃金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

原告らは、被告に学校警備職員の職種で採用され、別表「勤務先」欄記載の学校で勤務しているものであり、地方公務員法五七条に規定するいわゆる単純労務職員である。

原告らの勤務形態は、一直一休制度、すなわち、一校あたり二名の警備職員が配置され、一名で夕刻から翌朝まで勤務し、翌日は他の者に交替し休むという仕組みになっており、平成元年三月までは休日勤務をすることが通常の状態となっていた。

被告は、昭和六三年一一月一〇日原告らが加盟する北区職員労働組合に対して平成元年四月一日以降の休日勤務についてはこれを取りやめるということを通告した。

原告らは、平成元年三月末日までに、勤務先の学校の校長、教頭らから、四月以降の休日は勤務をしなくてよい旨を告げられた。

原告らは、同年四月、五月に別表「休日就労日」欄記載の休日に就労したが、その休日勤務分の賃金は別表「四月分賃金額」欄、「五月分賃金額」欄各記載のとおりである。

二  争点

本件の中心的争点は、原告らが休日勤務をすることが勤務条件の内容になっていたか、休日勤務の廃止が権利の濫用となるかということである。

1  原告らの主張

原告らは、何ら特別の命令を受けることなく休日勤務を当然のこととして受け入れてきたが、これは学校警備業務が当然に休日の労働を予定、前提とし、これを内包するものであるということについて、原告らと被告が共通の認識に立っていたためである。休日勤務は原告らと被告の間の当初からの合意とみるか長年にわたる労働慣行として確立されてきたものであるかは見方によって異なるが、原告らの勤務条件の内容となっていることに疑いはない。このような勤務条件の重要な内容になっている休日勤務を一方的に廃止し、休日勤務による割増賃金を生活の糧にしていた原告らの勤務条件に重大な変更を生ぜしめることは許されず、休日勤務の廃止は権利の濫用である。

2  被告の主張

原告らは、いわゆる単純労務職員であるから、その勤務条件は法律、条例、規則、規程により定まる。原告らに対する休日勤務命令は、採用時に一括してなされたものであり、原告らはこれを理解して実際に各休日に勤務を支障なく行っていたから、あえて個別に命令を出す必要がなかったものである。平成元年四月以降は休日に勤務する命令を出しておらず、休日勤務命令を受けていない者には休日勤務手当の請求権は発生しない。

被告が原告らに休日勤務命令を出さなかったのは、学校警備を機械化したためであり、休日にまで警備職員に勤務を命ずることは必要ではないうえに、無用の公費を支出することになり妥当ではないからである。

第三争点に対する判断

一  休日に勤務することが勤務条件の内容となっていたかについて判断する。

原告らは地方公務員法五七条に規定する、いわゆる単純労務職員であり、その勤務条件は法律、条例、規則、規程により定まるものであり、そもそも当事者間の合意や慣行により定まるものではない。「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条令」八条、同施行規則五条三項、同規程七条一項別表によれば、原告らの学校警備職員についても休日が定められており(証拠略)、勤務命令がない限り休日勤務する義務のないことは明らかである。

なるほど、原告らが採用されるときに、当局から休日勤務があることの説明を受けたこと、職場の学校長等から個別に勤務命令を受けることなく休日勤務に原告らが従事してきたことは認められるが(原告大塚逸夫、証人久野義雄)、これは各休日の前に個別に勤務命令がなくとも勤務命令があったものとして休日勤務をすることになっていたという意味では休日勤務をすることが慣行になっていたといってもよいけれども、このことから休日勤務をすることが原告らの勤務条件の内容になっていたとは認められない。

二  休日勤務の廃止が権利の濫用になるかについて判断する。

個別に勤務命令がなくとも休日勤務をすることが慣行になっていたということは、あくまでも勤務命令を不要ならしめるまでの効果を持つものではなく、単に勤務命令の黙示の発令があったものとするとの意味を持つに過ぎないから、この慣行が存在したとしても、勤務命令の黙示の発令としての意味を持つにすぎない以上、命令権者がこれと異なる命令をすることを妨げるものではなく、命令権者が勤務を要しない意思を表明したときには、右意思が優先することはいうまでもない。原告らは、被告がなした休日勤務の廃止は権利の濫用であると主張するけれども、この廃止は平成元年四月以降は休日勤務命令を出さないということを事実上表明したものにすぎないのであって、これが権利の濫用になるとはそもそも解されない。

三  原告らの本件休日就労は、被告の勤務命令に基づくものではなく、賃金請求権は発生しないから、原告らの本件請求は理由がない。

(裁判官 草野芳郎)

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